AIR SPLASH TOYAMA 2020 振り返り

 少し前になりますが、AIR SPLASH TOYAMA 2020 の感想をUPします。貴重な富山在住、女性、ミュージシャンではないアーティストで、今回初参加のスタッフである、阿原直美の筆です。


 昨年、2020/9/13(日)~21(月祝)に行った、AIR SPLASH TOYAMA 2020のことを振り返ってみます。AIR SPLASH…のAIRとは、アーティスト・イン・レジデンスの略称であり、Wikipediaによると、「各種の芸術制作を行う人物を一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在しながら作品制作を行わせる事業のこと」を差します。主催はにわたづみプロジェクトに参画したことのあるアーティストらが運営するAIR SPLASH実行委員会。実行委員メンバーの中には、プロのアーティストだけでなく、社会人アーティストもおり、ジャズの人は多いですが、ジャンル、パート、経歴も様々な個性的なメンバーが集っています。

 以下、とても長いですが、私がAIR に関わるようになった個人的な経緯と、関わったことで得られたものについて回想します。

 私がAIR SPLASH…の存在を知ったのは、2018年の秋頃でした。ダンサーとして活動している知人と話していた折、「富山県の魚津市で年に一回アーティスト・イン・レジデンスをやっているんだよ」と教えてもらい、「こんな辺鄙なところで、そんな素敵な企画をやっていたの!?」と驚くと同時に、強く興味を持ちました。私は当時、富山のあるイベント会社で働くいち社会人でしたが、演劇がやりたくて東京の大学に進学した過去がありました。挫折して志半ばで田舎に戻ったものの、娯楽・芸術、創作活動に携わる・観に行くことは大好きでした。

 「面白い活動をしているのに、その中身があまりよく知られていない」というので、個人レベルで広報に協力しました。アーティストが富山に入った折、顔を合わせて会話する機会もありましたが、最初の頃は一体 何を話せばよいのやら?(下手に話して失礼なことがあってもなぁ)という距離感でいました。でも、どこの何が美味しいとか、他愛のない話しでも盛り上がれることを知って肩の荷が下りました。2019年のAIRについては、仕事の関係で合宿期間中に宿舎や練習室に顔を出すことは叶いませんでしたが、最終日のLIVE SPLASH TOYAMAだけは観に行くことができました。友達も出ていたのですが、節々に心に残る瞬間があり、あー 面白かったなぁ、観に行けて良かったなぁ、と思ったのです。

 完全に受け身で 観て支える側にいたのですが、何故かその後、実行委員に入らないかという話しが舞い込みます。え?なぜ 私?な、何かできることあるんでしょうか?汗 と恐る恐る足を踏み入れつつ、知らないことが多過ぎて 浮いてる気もするけど、受け入れてもらえてる気もするという不思議な空気感…。でも、意見まとめや資料作成で前職の経験がいき、徐々に楽しくなってきました。私は過去の挫折経験がトラウマになっているため、何か自分の存在が、創作活動が盛り上がることに一役買えてるかもしれない!と思うと、ものすごく嬉しい気持ちになってしまいます。ただ、この頃からジワジワと世界に暗雲が立ち込めてきます。そう、コロナです…。

 個人的な話しですが、私は2020年4月に会社を辞めました。仕事は楽しかったけど、忙し過ぎて余暇活動に時間を割くことが難しかったのです。基本的にクライアントさんありきの仕事のあり方にも、モヤモヤしていました。仲間と一緒に何かを作り上げ、それを評価されるような時間を過ごす方が、心が躍る。「どうあがいてもいつかは死ぬんだし、もう遅いと言い訳するより 好きなことして生きたいな」という気持ちが高じました。そして、素敵な同僚にありがとう・さようならを告げ、「よし!存分に好きなことしよう!」と思った矢先のコロナ…。出鼻をくじかれたとはまさにこのこと。まいったなー、と思いました。

 AIRについても「初めて参加する人にもわかりやすい参加者しおりを作ろう!」と躍起になりましたが、参加するかどうかは 物凄く悩んでいました。「もし何かあったら…」。御年85歳の祖母と同居していることもさることながら、感染者となった人の家にリアルに石が投げられる田舎の風評はとても怖かった。自分のせいで自分に関わる人が嫌な目に遭ってしまうのではないかという恐怖。ライブハウス感染のニュースが取り沙汰され、音楽活動をさせてくれる場所が閉店になったり、音を出すだけで近所の人にクレームを言われたり、そういう話しを聞く度に心が萎えていました。そして極めつけが、(感染対策は前提として)PCR検査をする・しないに関する都会の人と田舎の人の温度差。「いやいや、もーーー本当、気遣ってよ!安心させて!」と半ばヒステリックになってる自覚もありましたが、やったから安心というわけでもないことも理解はしていた。ただ、実害・風評被害ともにリスク回避しなきゃいけないでしょ”という気持ちが勝り、一時、全参加はしません、宿泊もしません!なぜならば…といった長い文章を、代表に送りつけたのでした。

 …それが一転し、全参加したのは、思えば参加に腹を決めた参加アーティストの方との電話が大きかったと思います。何か うまく言えないけれど、心が動きました。不安な気持ちを受け入れてもらえたからなのか。いや、私、本当はとても、すごく行きたいと思ってるんですよ、と自覚して、あとは あれよあれよと…。結果として、参加できて とても良かったです。

 初日、運営委員メンバーと合流した折、代表の中村真さんに(具体的な質問内容は忘れたのですが)「~をやってみたいんですが、~しても良いですか?」というような質問をしました。すると それに対し、「大事なことやから先に言うとくけど、俺は”~しても良いですか?”って 質問 嫌いやねん。やりたかったらしたらええやん。”~をやりたいんですけど、どうやったらできますかね?”って質問やったら、いくらでも聞いてええよ。」と返されました。なるほど!と思いました。正直AIRは、そういうところです。各人のやりたいをできるようにするため、それぞれの持っているできるを 贈与しあう場。

 結局、私にとってのAIR SPLASH TOYAMA 2020は「自分はいったい何がやりたいの?」という問いを常につきつけられた時間だったと思います。上野さんにも、プライドが高いと散々なじられましたが、何かちゃんとしたことをやらなければいけないんじゃないかと構え過ぎて、素直になれてなかったのかな、と回想します。今回、AIRに参加した一番の収穫は、同じように頑張っている仲間と出会えたこと、相談できる・頼れる仲間が沢山できたことです。収穫したものをきちんと生かせるよう、心を柔軟にしたいです(課題 笑)

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